アール・ブリュットを感じる。
滋賀の近江八幡にある「ボーダレス・アートミュージアムNO-MA」に行ったことで、初めて知った「アール・ブリュット」という言葉。
アール・ブリュットとは、既存の美術やその時代の流れとは全く違う脈絡で創作された芸術作品のことで、英語で言うと「アウトサイダー・アート」と言うらしいです。
「忘れようとしても思い出せない」
行くまでは、そのタイトルから想像して何やらユーモラスな感じを想像してたのですが(なにせ天才バカボンのパパさんが言ってたセリフだし😆)、実際はちょっと違いました。思いがけないアール・ブリュットとの出会いがありました。
学芸員の山田創さんが書かれているのですが
「言語化できない思念つまり(忘れようとしても)頭には確かにあるのに、言葉にした途端にするりと指の間からこぼれ落ちていく(思い出せない)情感」
障害を持つ人が見ているもの、それを表現したものを感じる。それは有名な芸術家が描いたものを見るのと何ら違わない価値観で、圧倒されまくりました。
展示は1階と2階、そして庭にしつらえてある離れにもありました。写真や絵画など、そして映像も(映像は昔に撮影されていた8ミリフィルムを、一般の方々から寄付ないしは貸与されて撮影されるもの)。
「障害の有無なんて関係ないね」と言う言葉は優しいのかも知れない。でもこういう障害を持つ人にはこういう風に感じられるのか、こういう障害を持つ人にはこういう風に見えるのか…と認識した時間でした。
高次脳機能障害を負った西村一幸さんの描く花「ピラカンサ」は、わたし達が見る花とはまた違う形をしていて、最初は「ふーん、こんな風に感じるのね、この人は」と思ってたけど
自分が見ているピラカンサが、果たして「ピラカンサが見せたいピラカンサの姿」なのかどうか。
9月8日まで。
中庭と離れに展示してある写真も、ぜひ見てみて下さい。市井の人々が見せる顔に、驚くかも。
ポストカードが販売されてて、その中の1枚に心撃ち抜かれました。
これ、絵を写真に撮ったものですか?それとも布を写真に撮ってるの?
わからない、わからないけど、まるでわたしが自分で作ったのかな?と錯覚するほど、自分の内に近い作品でした。