アドバイスしたがる人と、共感してほしいだけの人。
いつも更新を楽しみにしているブログがあるのですが、昨日のブログもまた考えさせられる内容でした。
櫻木よしこさん「求められているときのアドバイスは薬にもなるが、そうでなければ毒になる。
人と接する中で、必ず現れるのが「アドバイスしたがる人」。わたしの身内にもいますが、「~~したらいいのに」「もうちょっとこうしたら?」とか言いたがります。
そこには
「こうしたらいいのに。教えてやろう」と言う気持ちと「こうしたらいいって教えてあげる自分は、すっごいモノが分かってる人でしょ?」という高揚感があいまってるのでしょうね。そしてそのアドバイスを有り難がらないひとには
「いいこと教えてやってんのに」
という不満を持つようです。まさにそれが余計なお世話なんですが、それが正しい道だと思っているので、何故有り難く受け入れないのかが理解できないのでしょう。
そうかと思うと、その人なりの辛い心情やいきさつを話しているのに
「もうこの年になったら、みんなそれぞれ色んな事情を抱えてるよ。貴方だけがしんどいんちゃうよ」
とざっくりまとめる人もいます。「甘えんな」ということでしょうか。
田舎に住んでいる両親が心配で、毎週末に車で1時間の実家に帰る、と話す人に
「わたしも実家に父が1人で住んでて、3日に1回は電車とバスを乗り継いで世話しに行ってるねん。次に来るときまでのご飯の下ごしらえとか掃除とか洗濯とかで、半日はつぶれる」
と、話し出したその人よりも壮大な自分の話をとうとうと(しかも長時間にわたって)語りだす人もいます。
ひとそれぞれ抱えているものはあるのはわかるけど、その辛さや悲しみを計る物差しはひとりひとり違っていいし、貴方だけがしんどいんじゃないと他人から言われたところで何の慰めになるでしょう。
自分の辛さや未来への不安を聞いてもらいたいのに、途中で「わたしなんかね・・・」と、話のお株を取られてしまったり。
そして話す人の中にも、出来事の1から10まで詳細に綿密に話す人もいます。先に進んだかと思うとまた数日前の話や思いにさかのぼり、とにかくひとつのエピソードも洩らすまいと、自分のことを語りたがる人。
でも、こちらも何か意見を言ったほうがいいよねと思って、それなりに考えたことを言うと「それは違う!」と怒り出したり「それは当事者にしかわからないことだ!」と言い出したり(じゃあ巻きこむなよ)。
そんな人は、アドバイスはいらないのです。ただただ「分かって欲しい」「話を聞いて欲しい」「味方でいて欲しい」。
そしてそんな人の中にはこっちの(話しを聞く側の)暇があるかどうかとか、コンディションがどうかとか、人の話をゆっくり聞ける状態かどうか一向に気にしない人もいます。
アドバイスしたがる人と、共感して欲しいだけの人。
人間って、おもしろいですね。
実際に巻き込まれると、おもしろいとか言ってられないですけどね・・・